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2002-06-18 エンターテーメント性 |
もう日本の人口は増えることは科学的統計上もうありえないことである。従来の都市の発展と人口増加は単純には望めなくなっている状況になっている。このことはかなり前から分かってきたはずであるが、景気浮揚策の掛け声のもと耳を疑うような行政主導の都市開発が次々に行われてきたのも事実である。また日本国民の消費動向は二極化と選別がよりはっきりしてきているのが事実である。安くて手ごろなものと高級ブランド品が共に売れていることは多くのマスコミで報道されている事実でもある。
鉄道は従来許認可制のもと、無用な競争が発生しないように行政の指導が行われてきた分野である。いわゆる既得権益と呼ばれるものである。乗客さえ確保できれば手堅く商売を行って行くことが出来るものである。これに対しては鉄道事業者からは窮状を訴えるかもしれないが国や地方自治体の許認可を必要としない自由競争の産業からみればまことに羨ましい限りのものと目に映ることは間違いのないはずである。
しかし、鉄道会社が倒産の危機に直面することは現実に起きているのである。鉄道事業本体の収益減少によるものもあれば、付帯事業の失敗などによるものもある。確かにバブル時期に不動産投資やゴルフ場建設などを行いその付けを支払わなくてはならないのは経営責任において重大な問題である。しかし現在はこのバブルがはじけておよそ10年を迎えようとしており、従来の利殖による経営方針の誤りは鉄道会社に及ばず多くの会社が認識しており、経営健全化策が打ち出され実行に打ち出されているところである。
ここで伊予鉄道に関してみれば「いよてつそごう」の破綻問題などがあったが高島屋への営業権譲渡などにより一応の収拾をみることができたが、鉄道事業に関しては地方鉄道の共通の悩みで事業成績が上向く兆しがないことである。横ばいを維持できればよいほうとされている。このまま何も施策を打ち出さずに放置しておけば、将来の人口減少とともに営業成績も悪くなって行くことは必至であり、乗客を呼び込む積極な施策をおこなってやっと業績が維持できる程度ではないかと思っている。
これらの観点に立って伊予鉄道の坊ちゃん列車に関して考察を行ってみたいと思っている。都市の発展がそれほど望めない地方鉄道では真っ先に考えるのが観光鉄道であろう。岡山県の下津井電鉄が瀬戸大橋開業に合わせて観光客を呼び込もうとして大々的に車輌の導入などを行ったことはよく知られたことであるが、残念ながら失敗であった。はっきりいって瀬戸大橋だけではとても観光客を呼び込むことが出来なかったのである。しかし伊予鉄道は松山市を中心にして路面電車と鉄道線をもつ鉄道会社であり、この松山が観光地としてブランドを確立している場所である。観光地といえば温泉や国立公園などの自然を観光客に味合わせるのが古来からの常套手段であり確実なものである。その他に古い史跡などを巡るものも一般化しており、この松山には多くの歴史的名所が数多く存在し、また文学的に評価の高い夏目漱石をはじめ層々たる文壇家がこの地を愛して止まなかったことを知っており、ロマンの地としてもブランド性は確固たるものがあることは事実である。この松山には道後温泉をはじめ、名所が数多く存在しており観光地として十分な素地がある土地柄なのである。
こんな観光性の高い土地にあり、ましてや夏目漱石の坊ちゃんにも記述のある伊予鉄道が依然として営業を続けていることを考えれば、この小説坊ちゃんと絡めての施策を考えるのは当然であるが、今回私が驚いたのは蒸気機関車のレプリカを作ったことである。各地の路面電車には古いオープンデッキの路面電車の保存車やレプリカを作っているところは多くある。しかし、このように蒸気機関車を再現したところはどこにもないのである。古い路面電車と小型の蒸気機関車を比較した場合、あなたならどちらにまず乗り込みたいかを聞けばまず蒸気機関車を選ぶことであろう。それほどまでにインパクトの大きなものなのである。また運用される形態も観光列車として基本的に毎日運用されている点も見逃せないところであろう。他の鉄道のように古い路面電車を作ったのはいいが、実際運用するとなると滅多に運用されないものが多い中、この伊予鉄道の対応は観光列車もきっちり行っていこうとする意思の表れのように感じられる点である。飾り物や置物と考えていないところが偉いと思う。
私もこの坊ちゃん列車が運用を開始して毎日のようにこの松山に行きたいことと思ったことか。大変魅力的な観光素材となったことは間違いのないはずである。現在国内旅行の数が増えていると聞く。これは経費や時間の掛かる海外旅行よりも近場で安く楽に楽しむことを選ぶ人が増えていることである。こうした観光客の心を捉えるためのアイテムとして定着することを望んでいる。

公園前電停を通過した坊ちゃん列車
今回一日中、伊予鉄道の路面電車を追いかけ、時々走ってくる坊ちゃん列車を撮影する機会があった。ここで思ったことは坊ちゃん列車という乗り物自身だけでなく、そのほかにもエンターテーメントとして楽しめる要素をたくさん持っていることに気づかされる。エンターテーメント(entertainment)を辞書で引くと娯楽とある。本来列車に乗り込めば大したものが中にあるわけではなく車窓を眺めるこことなるが、出来るだけ昔の雰囲気を出そうとする演出があるのが嬉しいところなのである。運転士の掛け声などは昼間に自動車の往来が激しいところでも歩道を歩く私の耳に届くくらいのはっきりした声で交わされていたりする点など、なかなか憎いものである。また駅での列車の方向回転でも人手によるもので、人が汗を流しながら客車を押す姿はちょっと感動的である。普通の人はこうして人手で客車や電車を動かしている場面を見ることは殆どないことであろう。しかし、ここでは乗客の目の前でこの動作が行われているのである。これも演出と考えて見た場合大変効果的なものであると考えている。これがワイヤーにウインチで巻き上げたり、何かの自動機械で勝手に客車の位置が変わってしまう構造であれば一つも面白くない。この作業を見て乗り込む乗客はこうして苦労しながら列車を運行している姿を見て昔の蒸気機関車の運転の苦労を想像するに違いない。旅の楽しみはその土地で体験したことを地元に帰って友達などに話すことも楽しいことである。こうした演出は話題づくりには事欠かないようにしてあるので大変素晴らしいことである。

こうした列車の組成の様子も演出として見ることができる。
ここで対照的なのがここ昨年から今年に掛けて次々に各地に導入された超低床車なのである。新しく作られた超低床車はそこも大変デザインも優れておりスタイリッシュなものが多いが、この伊予鉄道の超低床車はなんとも形状的には工夫のない真四角なものである。私は伊予鉄道がどのような経緯でこの四角いデザインを採用したのかは不明であるが、この坊ちゃん列車の存在を考えるとその存在意義がはっきりする感じである。
キーワードは二極化であろう。観光性を追及したものがこの坊ちゃん列車で、居住性や収容力を高めたものが今回の超低床車なのであろう。観光の目玉としている坊ちゃん列車の存在を浮き立たせるためには、新しく導入する超低床車はそのデザインは目立たない凡庸なものが望まれたのではないかと勝手に想像しているところである。毎日路面電車を利用する一般の通勤通学客にとっては電車のデザインなど気にしないものである。時間内に目的地に移動するためにはやってきた路面電車のデザインを気にすることなく乗り込むことは間違いのないことである。内部の居住性をよくしたりするためのエアコンなどの設備など単純に真四角のほうが効率的な配置を行うことが出来、また整備も行いやすいものと思われる。また制作費も安く抑えることが出来ると考えられ今後の新規導入にも弾みがつく可能性がある。岡山電気軌道のMOMOがそれ自体に優れたデザイン性を持たせ、超低床車としても話題性のもとに売り込みを図る姿とは対極の姿であろう。岡山電気軌道の走る路線には目玉となる観光地も乏しくどちらかといえば通勤通学を主体とする鉄道であるだけにこの両者の動きが今後楽しみなところである。

伊予鉄道2100形超低床電車
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著作:石崎達也 制作:有限会社タツヤ模型