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2002-06-23 見えるもの・見えないもの

 以前の日記にも記載したものであるが、各鉄道雑誌を眺めてみるとふと思い出したのでこの社説でも書いてみたいと思った。 「第8回あなたが作る地下鉄マナー・ポスター」の入選作の発表記事を読んでいて、優先席に関してやっぱりみんなこんな感じで捕らえているのだなぁと思ってしまった。体の不自由な人に対しての優先席はどこの鉄道会社でも用意しているものである。その優先席を利用する人たちをいろいろ工夫して表示してあるものには感心するものがある。特に国際化が進むに連れて日本語だけではなく複数の言語表記がなされていたりイラストで表現したりしているものもある。

 


ある鉄道会社の優先席の表記

 気になることは体の不自由な人たちの定義の範囲に既成概念のようなものを感じることである。上の写真の場合、左から「赤ちゃんを抱いた人」、「妊娠中の女性」、「ケガをしている人」、「足腰の弱っている老人」のように私は読み取った。これに関して異議を申し立てる読者さんはいないと思うし、読者さんもきっと同じように思うことであろう。問題は左から3番目のものであろう。そうこの部分は実は「ケガ人と病人」なのである。表記の関係で表現しやすい足にギプスを取りつけ松葉杖を突いているものを描いているだけなのである。ケガ人は何らかの形で表面上ケガのサインとなるべきものが分かるものであり、他の乗客にも分かりやすいものなのである。しかし病人の場合には表面上に現れてこないことが多く問題なのである。いわゆる内疾患を患っている人たちは表面上普通の人と変わらないように見えるものなのである。しかし、心臓にペースメーカーが埋め込まれていたり、いろいろなチューブが体に取り付けられており入院ではなく通院している患者さんを読者さんも知っていることであろう。慢性病の病気の場合、入院によらず通院しながら仕事や生活をする人たちも多いのである。私のお婆さんが病院に長く入院していたときに、同じ病室にいたこのような患者から「体の不自由な人」の定義から見放されていると話を聞いたことがある。更に「誰にも外から見えないものは理解されていないのだろう。」ともこぼしていた。

 そうこのような優先席に座ってもいい人の定義に関しては再度見直しの時期に来ているのではなかろうか?と思っている。まず「体の不自由な人」といったネガティブな印象のある不自由などの言葉を使わずに「立ったままの乗車が困難な人」という表現にしてみたらどうだろうか。そしてこの「立ったままの乗車が困難な人」の例としてこんなものがあると幾つかの事例を示した方がよいと思っている。当然そのときは外観から判断しづらいものもあることを示す必要があると思う。上記の写真の例では、赤いハートマークを心臓の位置に付けて心臓病などの外部からみることが出来ない病気の人を連想させるイラストも追加して、目に見えるものだけで判断することができないことにも注意をめぐらせる配慮があってもいいと思っている。

 また広島電鉄では「ゆずりあいの席」として優先席が設けられているが、「ゆずりあい」の言葉には人間愛のようなものが感じられて大変好ましい言葉の響きがある。しかし「立ったままの乗車が困難な人」が乗車してきても、外見から判断できない場合もあり優先席に座っている健常者が「ゆずりあい」をする機会を失ってしまうことであろう。このような優先席にはかなりの反論があることを覚悟して言わせてもらえれば、「健常者は座らない席」と言う内容の表記をしてもいいのではないかと考えている。譲り合うのではなく最初から空けておく席としておくのである。個人的には優先席には座らないと決めている人もきっといることであろうが、これを鉄道会社自身が乗客に求めるのである。すでに電車の中では携帯電話の電源を切るようにと強いアナウンスを流す時代である。もう「優先席に健常者が着席しないでください。」という意味のアナウンスや表示をしてもいいのではないかと思っている。

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著作:石崎達也 制作:有限会社タツヤ模型