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被爆電車の引退・保存 掲示板

 ここには「被爆電車の引退・保存問題 掲示板」に寄せられたご意見を掲載しています。従来の自由書込み方式の「被爆電車の引退・保存問題 掲示板」は終了しました。
 被爆電車への広島市民のご意見を広く募集しております。何かよい考えがあったり、希望などがありましたらメールでお寄せください。下記の掲示板に随時掲載してゆきます。
 次のページからメールを送信することができます。画像など添付ファイルを一緒にお送りいただくときには通常のメールアドレス:tatsuya_model@mbb.nifty.comにお送りください。
 被爆電車の引退・保存掲示板へメール送信

 なおすべてのご意見が掲載されるわけではありませんのでご承知おきください。

[1] 被爆電車の引退・保存問題掲示板のスタートです 石崎達也

 広島電鉄の650形電車は『被爆電車』として有名です。

 昭和17年生まれの電車はすでに60年以上も働きつづけています。

 しかし車体の老朽化が進み保守点検にも限界が近づいているそうです。そして高齢化社会を迎えるに当たりバリアフリーを目指す広電電車としては、社会的要求により超低床電車の導入を進めてゆかなければなりません。  こうした650形電車を取り巻く環境が、だんだんと現役で働くことが難しい状況になりつつあると感じています。

 いずれ訪れると思われる650形電車の引退に向けて、我々広島市民がこの650形電車にどのような思いでいるのか?そして広島市民としてどのように引退を迎えることがよいのかについて考えてゆきたいと思ってこの掲示板を開設しました。

 だんだんと減少してゆく被爆建物と同様にこの650形電車もいわば被爆遺産の一つだと私は考えています。後世に残してゆく被爆遺産のあり方を含めて投稿をしていただければと考えています。

 この掲示板は画像もアップロードできる掲示板ですが、基本的にテキスト(文字)を主体として取り扱ってゆきます。さまざまな意見や討論の中で図面で示すことが分かり易いときなどに、画像をアップロードしてください。単に650形電車の写真を貼り付けることは控えてください。

 掲示板に投稿される前には「掲示板の掟」も一読の上、投稿をよろしくお願いいたします。
(2003/08/10 16:07:37)

[1-1] 650系など TANOURA

 どうやらテレビ報道では、650系の退役の可能性に示唆した報道があったと書いておられました。 最近は連接車の増加で、他の旧式吊り掛け電車も退役廃車していく傾向にあり、将来の国産低床電車の導入にあわせて、旧型車はごく一部を除き撤退させるというニュアンスもあったと以前、石崎さんのサイトの掲示板でどなたか語られておられました。

 これについては、バリアフリーを重視し、将来国産低床電車の積極導入が進むと仮定すれば、被爆電車以外にも京都市電1900系や750系、900系などにしても将来同様に退役となるものと推されます。

 もちろん、一部は需要の少ない路線系統等で博物館的に残るものもあるかと予想されますが、大半は廃車の道となるものと思われます。

 650系は4両ありますので、仮に引退となれば、まず1.社内保存、2.市などに展示用保存として引き受けの打診をするなどのシナリオはあるかとは思いますが、全て解体されないという保証はないものと思います。 もしかしたら、1両は、動態扱いとなる事も予想できます。しかし先の話ですので、誰にも今は分かりません。

 部品についてですが、廃車からのもぎ取りか、職人が手作りで対応するか、部品メーカーに特注する事で維持していると思いますが、 最近のコスト第一主義の時代では、そういったスタイルが厳しくなっている事は事実ではあります。

 また私有企業についてですが、公営企業でも私有企業でも車両の退役や廃車の決定する最終的な権限は運行会社側にあるのは事実です。

 「私有企業」の交通機関については、私有といっても、運輸局の認可産業であり、踏切があったり、路面電車などは道路を占有しているのですから、単純な私有物ではなく、ある程度公共性はあります。(自由化までは徹底的に保護されていましたし) ただこれは車両車種云々ではなく、生活路線としての便確保からの面であります。

しかし、どうなるのかわかりませんが、地方局のテレビでコメントが出た以上、可能性は大きいものと思います。
(2003/08/10 23:20:32)

[1-2] 被爆電車を後世に残すには 平井 航

 被爆電車の今後について私自身も気になっていますので書きこみたいと思います。 650形は確かにもう60年前の古い電車といえばそれまでかもしれません。しかしこの電車は世界で初めての原子爆弾による被爆を受けた電車です。戦後既に58年を経過し戦争についての記憶も風化しつつあります。しかし核兵器や戦争は今だなくなる時代が来ないのです。その悲惨な原爆や戦争を乗り越え広島の町を引張ってきた650形を引退させるのは、ある意味時代の流れとしては片付ける事は出来ないのではないかと思います。確かに旧型の電車は最新のLRVと比べると乗り心地やスピードでは劣ってしまいます。これは誰もが認める事だと思います。ならば原型もよいのかもしれないのですがせめて走りの部分、つまり台車や電装品を最新の物、もしくは比較的手に入り易い部品に換装してしまうということも視野にいれたらどうでしょうか。幸い路面電車の場合は台車周り以外の床下はスカートで覆われていて目立たないものです。ならば現在のコンパクトに納められる機器を搭載する事は容易と思われます。(予算面は別にして)そして外観と内装はあえて手を加えずに保存する方法です。それともうひとつは完全な動態保存車としての使用です。全国からの修学旅行生や貸切専用としてのみ使用に留めて維持するのです。どちらの道を歩むにしても残す事を前提に、ファンや市民、そして広電も一体となって考える必要があるのかもしれません。この電車は日本の電車でも「産業遺産」としてみても重要な電車ですので。
(2003/08/10 23:43:57)

 

[2] 路面電車の末路の感想 平井 航

 路面電車の引退後の末路の社説を拝見しました。

 ここ10年の都電でもそうなのですが廃車になる数ヶ月くらい前には電車は使用されないパターンが多い様です。今年保存された一球さん号こと6152は本線こそ出なかったものの、さよならイベントを3回(決定前のイベントを含めると4回)開催されています。しかしこれまた人気の高かったダルマこと7504は2年間の休車の後、人知れず廃車となってしまいました。しかもこちらは自走可能なものの(車籍がないものの構内は走行できるそうです)錆が浮いたり色あせたりと情けない姿をさらしています。電車にとってその最期を解体されてしまうのがよいのか、それとも一球さん号の様に保存はされたものの部品が僅か数ヶ月で欠品してしまうのとどちらが幸せなのでしょうか。この7504を荒川線撮影の度に見ていると時々そう思ってしまうのです。個人的な趣味としてはやはり復活して欲しいとは思うのですがどうも叶わぬ夢の様です。趣味的見地からすると旧型の路面電車は魅力があり、私自身も素直に好きなものがあります。しかし形有るものはいつかは滅びてしまうというのも現実視すると事実でもあるのです。いつかは来る世代交代の日、その日まで無事故で活躍できる事が電車に全うしてほしいものです。事例で紹介された1105のような事故が廃車の理由にはなってほしくはないものです。

 写真は廃車後も保管?されている都電7504(ダルマ) 平成15年7月20日撮影
(2003/08/16 01:30:56)

[2-1] やっぱり引退後の処遇が心配ですね 石崎達也

 平井さん 毎度投稿ありがとうございます。  都電の引退電車について報告ありがとうございます。

 都電の7504号など古くなった電車が数を減らしてしまった状況では、路面電車愛好家だけではなくとも一般市民にとっても何とか保存の道はないものかと考えてしまうものです。失ってから貴重なものであることに気づいたのでは手遅れなことです。しかし何でも残せということも無理な話なので、どの電車は残しておくべきものなのかを見極めるのも路面電車愛好家の務めではないかとも考えています。

 たとえば鉄道友の会なども鉄道愛好家の任意の団体であり、すでにこの団体が制定する表彰は権威のあるものとされています。この表彰では鉄道愛好家が何を表彰すべきものかを決定しているのです。決して愛好家(趣味者)というだけで世間から見下されることはないのです。問題はその活動内容がどうであるかが大切なことは明らかです。この7504号などが本当に貴重なものであるならば、如何に貴重な電車であるかを世間に知らせるのは、やはり路面電車を愛する者たち(愛好家)としての務めだと考えています。

 これと同様に被爆電車の重要性は広島市民がすでによく知っていることですが、引退問題も避けて通ることの出来ないものだと考えています。ここでも路面電車を愛する者たち(愛好家)が、率先してどうすることが被爆電車・広島市民・広島電鉄の三者にとってよい解決策であるかを考え提案する必要性があると考えています。
 (2003/08/17 04:24:34 (修正済み))

 

[3] 路面電車の博物館? 平井 航

 最近ではあまり聞かなくなりましたが広島電鉄をファンや観光客がイメージするのは「動く路面電車の博物館」というイメージでしょう。移籍電車への楕円型プレートの取りつけ、「西部警察」などの製作協力時の移籍電車のPR,そして今の1日乗車券にはないのですが10年位前に発行されていたものには裏表紙に「動く交通博物館」と書かれ、移籍電車や復元車の写真が小さいながらも描かれていました。多分今では近代的なグリーンムーバのような新型電車を積極的にPRして、路面電車が近代的な交通システムとして機能している事を市民に理解してもらうという事が電鉄の方針なのでしょう。それが「路面電車博物館ではない」という内容に結びつくのでしょう。しかし観光客というこれまた大切なお客様には「路面電車の博物館」というイメージを与える事はまんざら悪くはないと思うのです。なかにはそれ目当てで広島を訪れる人もいるはずです。(私もその1人なのですが・・・。)欧米の都市には「トロリーミュージアム」が交通局や電鉄会社などで運営されています。それらは原則動態保存で本線と線路が繋がっており、休日などにイベント運転を近代的なLRV車両の走る本線で行われるそうです。広島には国際的に有名な原爆ドームや平和公園、そして宮島の厳島神社といった観光地を控えております。これらの移動は観光バスやJRよりも断然広島電鉄の方が便利だと思うのです。被爆電車を含め、これらの貴重な電車のこれからについても活用についても考えることがファンにとっては大切なのかもしれません。
(2003/08/20 21:28:14)

 

[4] 深夜番組で... ミスター都電

 こちらの掲示板に初投稿させて頂きます、ミスター都電と申します。どうぞよろしくお願い致します。

 昨日の深夜(9/1・0:25〜1:20)に、日本テレビ系列で「シリーズ戦争の記憶B チンチン電車と女学生 2003 夏 ヒロシマ」というドキュメンタリー番組が放送されました。内容は、戦争中に出征した男性運転士の代わりに、15歳から17歳の女学生(広電が開設した広島家政女学院の生徒)がチンチン電車を運転して『電車』を守ったというお話でした。その中で当時、最新鋭だった650形を運転していた女学生(昭和20年当時、17歳)の一人は、「辛い時代だったけれども、電車を運転しているのは楽しかった!」というインタビューを聞いて、ちょっと心が和みました。また、その方は「青春に戻れたら、また電車を運転したい!」とも仰っており、如何に広島市民にとって重要な交通機関であり、心の支えだったことが感じ取れました。58年目の慰霊祭は元広電OBの呼びかけでかつて運転士をしていた女学生が集まり、広電本社慰霊碑の前で祈りを捧げていました。先に述べた女学生は、58年ぶりに仲間を乗せた650形を運転する姿が登場しましたが、本当に晴れやかな顔をして、17歳当時に戻ったような印象を受けました。

 吉永小百合さんのナレーションの中で「来年の春頃に650形を廃車するかどうか検討している」という言葉が耳に残り、とうとう来るべき時が来たか!という思いと、今まで被爆電車として守り続けてきた歴史があるじゃないか!時代の流れという言葉で片付けないでくれ!という思いが交差し、複雑な気持ちになりました。確かに効率(輸送人数や消費電力等)を考えると、現在の新型車両とは比べ物にならないし、鈍足ゆえにダイヤを乱すことは乗客にとって大きなマイナスで、更にはサービスの低下につながると思います。その点を十分理解した上で述べさせて頂きたいのは、1両だけでも良いから現役で活躍し、「地獄の苦しみを味わった生き証人」として、戦争を知らない後生に原爆の恐ろしさ、核兵器の悲惨さを伝え、風化させないよう、走り続けて欲しいと願うばかりです。この電車が本当に現役を去るのは、地球上から核兵器がゼロになったときにしたいものです。
(2003/09/01 22:37:06 (修正済み))

 

[5] 深夜番組を見て JUN

 ドキュメント'03「被爆チンチン電車と少女運転士」を見て。このホームページにたどりつきました。私は、手足に少し障害を持つ28歳です。

 10年程前、広島市内の障害者訓練校で学ぶ為1年間ですが、広島に住んでいました。番組内で見た650型、何度か乗ったことを覚えてます。

  また、広島出身のアーティストとの出会いもあり、広島が大好きです。

  そんな中、番組内で被爆電車650型の現状を知り、廃車しないでという思いでいっぱいになりました。かかえる問題は大きいとは思いますが、世界平和の為にも、何らかの形で保存されることを願います。
(2003/09/01 23:59:12)

 

[6] 古典建築の保存例 平井 航

 今回は電車や被爆建築の保存例とは異なるのですが京都河原町で見かけました古典建築の保存例をお見せ致します。

 このビルは三井住友銀行の支店のビルなのですが以前は大正時代前後と思われる時代に銀行や商社の建物に良く見られる建築です。たまたまバスで通りかかったので詳しくは分からなかったのですが多分惜しまれつつここ数年で役目を終えたもののようです。しかしこの重厚な外観だけでも残そうという考えなのか10階位の高さのオフィスビルへの改築の際に交差点の角の部分の外壁だけ保存された様です。確かにこれは保存なのかもしれませんが本体のビルのスケールに圧倒されて折角単体としてなら重厚な作りのこの洋館も存在感が薄れてしまい残念なものとなってしまうでしょう。古い建物を現役として保存しているので止む得ない部分があるのですが、やはり原型らしさを引き出せる方法での保存も考慮しないといけないのかもしれません。ある意味電車の保存にもそれはいえるのでしょう。
(2003/09/08 21:53:13)

 

[7] 電車は街とともに。 匿名希望

肉親に被爆者を持つ者として、あえて書かせていただきます。
私の祖母は、爆心から約1Kmの広島中央放送局で被爆しました。
そんな場所にも関わらず、数々の奇跡が重なって外傷は殆ど無傷という人ですが、
その後やはり原爆症は避けられず、数々の大病を重ねつつ、
なおも持ち前の生命力で殆ど寝たきりながら90歳近い長寿を保っています。
祖母は泳ぎが達者だったこともあり、水を求めて川に入り、溺れた人々を次々助けたと聞いています。
火事場の馬鹿力などといいますが、人は、日常が破壊されたとき、
それを必死で取り戻そうとするときにとてつもないエネルギーを出すもののようです。
そして、あの壮絶な破壊の中で真っ先に息を吹き返したのは他でもない電車だった、
というのは余りにも有名な話です。
つまり、電車というのはかけがえの無い日常の象徴である、と考えます。
私は、あの惨禍の中を這い出し、以来広島の街の復興、発展と共にしながら、
黙々と働きつづけた650型に敬意を表したいと考えます。
また、その姿にどこか私の祖母と重なるものを感じます。

機械としての寿命を迎えた彼らに、果たしてどういった行く先が望ましいのか。
私としてはどうしても、一線を退いても走る機会を与えてやって欲しい、という思いを拭いきれません。
“歴史の代言人”として、生きている事に価値があるからです。
ひとつには貸切や何かの記念の折に運転する動態保存車として。
この場合は調子のいい車輌を選び、足周りなどはそのままになるのでしょう。
いまひとつは系統・時間を限定した通常運行の車輌として。
この場合はもはや古い台車や電装機器に依存する事は困難かと思われます。
私としては、仮に彼らがオリジナルの機器を失ったとしても、残す価値はあると考えます。
人と同じで、機械も新陳代謝していくものだと考えるからです。
実際、特にアメリカなどでの観光用動態保存車では、足回りを中古でも従来のものより新しい、
状態の良いものに交換している例も少なくないと聞きます。
国内でも、結局廃車になってしまいましたが、東急世田谷線の旧型車などは晩年新品の台車に交換されていましたし、
ポルトガルのリスボン市電のように、2軸の旧型車の車体に最新型の台車と電機品を新調して使用しているものもあります。
但しこの場合でも、果たして4輌全車を残す必要があるのかは疑問です。

では静態保存も発生するとして、まず第一に考えられる場所としては平和公園内辺りでしょうか。

ひとつ、“現状ではありえない”究極を記しておきます。
“スミソニアン博物館のエノラ・ゲイの前に置く”というものです。
原爆の惨禍云々の言葉より、人類史上に残る特別任務に赴いた“歴史的な”爆撃機と、
あまりにも平凡な日常を運び続けたあまりにも平凡な路面電車。
この異様な対比、そしてその間に存在するものがまさしく原爆なのだ、と。

この正月、私は友人とともに650型に会いに行きます。
動いていてくれると、いいんですが。

(2003/12/29 23:56)

 

[8] 650型とその他の旧型車両の保存について 匿名希望

はじめてメールします。旧型の保存について気になるのでメールさせていただきます。
僕は広島市内の中学2年生です。650型には幼稚園の頃から乗っています。それと同じ様に、2000・3100両形式にも幼稚園年中から乗っています。これらの形式を保存するのに良い方法があります。
まず、宮島線ではあまり運行しない後者を市内線に転属させます。しかし、それだけでは650型など他の旧型が危くなりますので、3000・3700・3950各形式と5007号を宮島線に返します。そうすれば新型と旧型がバランスよく運行でき、他の570・750・900型などの他の旧型も動態で居られるわけです。
僕は今後の広電がこうなることを祈っています。ありがとうございました。それではさようなら。

(2004/5/9 16:37)

[8-1] 若い人にも関心のある内容なのですね 石崎達也

 中学2年生には難しいと思っていた被爆電車の引退や保存の問題について、真剣に考えられていることに感心させられました。決して被爆体験を現実にした人だけの問題だけではなく、広い世代の人たちにとって語り合わなければならない問題であることを痛感させていただきました。

(2004/5/16 19:08)

 

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著作:石崎達也 制作:有限会社タツヤ模型