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6.被爆電車の653号と654号の引退について

 2006年(平成18年)6月25日の営業運転を最後に653号と654号は引退しました。653号は江波車庫にて平和学習やその他のイベントのときに運転できるように整備・保存されるそうです。そして654号は広島市交通科学館に譲渡されて、展示保存されるそうです。そして残りの651号と652号の二輌は現役のまま営業運転を続けるそうです。

 今回の二輌の被爆電車の引退について、広島電鉄では特別の配慮をして広島市民に被爆電車が引退することの案内を行ったことが大変評価できると考えています。

 従来は電車の引退について情報が一切公開されることなく、ひっそりと引退をして、廃車解体の運命を辿ってきていました。被爆復興後の広島電鉄には被爆電車しか存在していませんでした。全ての電車が何らかの形で被爆をしていたのです。この中からたった四輌の650形電車だけが現在(2006年6月)まで生き延びていたわけです。この650形電車以外の被爆電車は広島市民に知られることなく引退して解体処分されてしまったわけです。

 現在のように被爆の実情を伝える建物や物などがだんだんと少なくなってくると、被爆体験をした建物や物などはとても貴重なものとなってきています。できるだけ被爆したものを後世に残して行きたいというのは広島市民の願いであります。単純に被爆した建物や物などの所有者に対して保存して欲しいとの願いを伝えることは出来たとしても、必ず願いが叶うものでもありません。建物や乗り物であれば避けられない老朽化の問題があります。安全上の観点からみて問題のある建物や乗り物をそのまま使用し続けることはとても困難なものです。安全対策をするにも大きな費用を必要としてしまいます。そのため被爆建物や乗り物などの所有者はどこかの時点で何らかの判断を下さなければならなくなります。

 この判断をする時点で、広島電鉄ではマスコミ取材などを通じて現状の被爆電車の状況や今後の在り方について答えてきたことが大変良かったと私は考えています。それほど積極的ではありませんでしたが、広島電鉄自らもダイヤ改正の案内と一緒に二輌の被爆電車が引退することを伝えていました。積極的ではないと言っても、今までは一切知らせてことなかったことを考えると大きな前進だと考えられます。

 広島電鉄がこの二輌の被爆電車を引退させることを公表したことによって、広島市も被爆電車を保存するために動き出すことが出来たと考えています。その結果が上記の広島市交通科学館への保存に繋がったものと想像することが出来ます。最悪もう一輌の被爆電車は解体処分をすることを決めたとしても、解体処分の前に保存展示する施設などを探す方向で市民が直接動いたり、広島市などの行政に対して働きかけを行うことができるわけです。

 被爆した建物や乗り物はもはや広島市民の共有の財産の一部とも考えられる状況になりつつあると私は考えています。もちろん法律上、所有者が自分の所有物をどのように処分するかは保障されています。所有者の考えは尊重しなければなりませんが、保存を前提としない考え方は広島市民の強い反発を受けることを覚悟しなければなりません。特に広島市民を対象として事業を営む会社の場合には、広島市民の反発を受けて事業が成立し難いと考えられます。広島市民にとっても所有者にとっても不幸な選択は避けるべきだと考えます。

 私は被爆体験のある建物や乗り物などは、所有者が保存に向けてどれだけの努力をしたか、その上で処分などを行う場合には、事前に解体もありうることも含めて知らせる努力を行って、それでも已むを得ないときに解体処分などに踏み切るべきだと考えます。このような『義(物事の道理にかなったこと)』をすることが大切なことであり、市民の理解も得られるものと考えます。

 まだ現役で営業運転が行われる651号と652号の二輌の被爆電車もいずれ引退を迎えることが予想されます。単純に老朽化の問題だけでなく、バリアフリーの観点からも650形電車の運行は難しくなることが考えられるからです。広島電鉄には今後も被爆電車の取り扱いについてオープンな会社であって欲しいと願っています。

【写真解説】
 被爆電車の引退を知らせる案内です。
ダイヤ改正の案内の下部に小さくではありますが、二輌の被爆電車が引退することが記載されています。

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撮影:2006年6月22日

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公開:2006-06-29 著作:石崎達也 制作:有限会社タツヤ模型