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[PR] 最新の話題はタツヤのファン倶楽部でどうそ! [被爆電車問題] [Return HOME] 8.被爆電車654号の交通科学館への搬入作業 |
2006年(平成18年)7月18日に江波車庫から搬出された被爆電車の654号が深夜の内に広島市交通科学館まで運搬されました。そして7月19日に交通科学館の展示場に搬入されました。
特別に大型のクレーン一基によって654号は落差のある脇の敷地から展示場に搬入作業が行われました。展示場部分にはすでに天然石を使った敷石で舗装された展示用のレールが敷設されていました。ここに台車から順次設置作業が行われました。設置には654号のことをもっともよく知っている広電車輌課の職員が立ち会って設置の指示を行っていました。特に台車の上に車体の乗せる工程では、慎重な作業が要求されていました。
今回設置作業に立ち会っていた広島市交通科学館の増原悦治館長(右の写真の人物)に話しをうかがう機会を得ることが出来ました。そこで「どうして654号なのか」について訊ねてみたところ、以下のような回答をいただきました。
・ちょうど広島電鉄で引退する電車が発生する機会に上手く巡り合えたこと。
・広島電鉄の生え抜きで、最も古い電車であること。
・654号は路面電車らしい形をしていること。
・「広島」の交通科学館としては、「広島」の路面電車が欲しかったこと。(現在の広島電鉄には他都市からの古い電車も数多く在籍していますが、やはり広島であることが大切な要因のようでした。)
・被爆の生き証人としておよそ60年間も働き続けてた被爆遺産としても残しておきたかったから。
・被爆電車としての話題性もあり、交通科学館としても一番の目玉として入場者の人に観てもらいたかったこと。(今までは模型の電車の展示はありましたが、やはり本物の電車の展示はとても有意義であるということでした。)
以上のいくつもの要因が上手く重なったことが654号を選択した理由になったそうです。
現役当時の姿のままで譲渡を希望したことについては、学芸員たちの意見を総合すると、完全に昔の状態に戻せるものであれば、昔の状態で保存することにも意義があるそうですが、現状ではとても不可能なため、不完全な復元を試みるよりは、現役の姿のまま凍結して後世に残すことの方が意義が大きいからであるという理由でした。
最後に増原館長から、「今回の654号の譲渡については広島電鉄さんに特に無理を聞いていただき感謝しています。」という言葉と、「原爆の被害を潜り抜けて、およそ60年間も広島市民と走りつづけてきた本物の654号をぜひ観にきてください。」という言葉をいただきました。
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【写真解説】 被爆電車の654号が広島市交通科学館の展示場に設置されようとしているところです。 画像をクリックすると大きな画像が表示されます、このページに戻るときにはブラウザの「戻る」で戻って来てください。 撮影:2006年7月19日 |
公開:2006-07-19 著作:石崎達也 制作:有限会社タツヤ模型